時間的な余裕を求めるのをやめる!

あなたはどんなときに幸せを感じますか? 日頃、頭と体を酷使している人であれば、「寝るとき」「ゆったりくつろいでいるとき」「お風呂に入っているとき」と答えるかもしれません。疲れすぎはよくありません。とりあえず休みたいという人は休みましょう。そこまで疲れていない人であれば、「週末、家族と遊びに行ったとき」「趣味のプラレールを触っているとき」「好きな小説家の新刊を読んでいるとき」と、何かをしている場面を挙げるのではないでしょうか。

現状、生活が苦しくて頑張って働かないといけない、欲しい物も買えないという人は、裕福な家庭に憧れます。社会に出て働くのは大変だから、結婚したら配偶者に養ってもらいたいと望む人も多いようです。職場の同僚が寿退社をして専業主婦になるのを、羨ましいと感じる女性もいるでしょう。「私は生活のために嫌でも働かないといけない。高所得なダンナ様がいたら仕事を辞められる。そうなったら幸せなのに」と考えたくなったら、隣の芝生は青いという言葉を思い出してください。

何も仕事がなく時間がたっぷりあるのと、「〇〇さん、お願い!」とひっきりなしに仕事を頼まれるのでは、どちらが幸せだと思いますか? 疲れているときには休息が欲しくなります。でもずっと何もせずにいたら、自分が何のために生きているのかもわからなくなってしまうでしょう。反対に、社会の一員として働いていると、何かを成し遂げたときには達成感を味わえます。他人から評価もされますし、報酬も受け取れます。これこそが幸せであると言ってしまったら、言い過ぎでしょうか?

小説家になるのが夢で「小説を書く時間が欲しいから」と会社を辞めた知り合いがいます。その人には生活を支えてくれる配偶者がいました。子供や、世話をしなければならない家族などはいません。勤めている間は残業も多かったので、その分の時間や通勤時間も含めると、一日に十二、三時間は自由な時間が増えたはずです。それだけ時間があれば、何でもできそうな気がしますよね。本人もそう思っていたでしょう。結果どうなったかと言えば、作品は一つもできあがっていません。

その人が言うには、働いているときより、家にいるときの方が早く時間が過ぎるそうです。ゆっくり家事をして、のんびり散歩をして、好きな時にコーヒーを淹れて、少しテレビを観ていると、すぐに夕方になってしまうそうです。働いているときは、平日でも二時間くらい頑張って書く時間を設けていました。それが、今ではまるきり書けない日もあるそうです。「いつでも書ける」と思うとなかなか原稿に向かう気になれず、そして思うそうです。「もっと時間があればいいのに」。

時間があると、のんびりしてしまいます。忙しいと、効率を上げようとして一生懸命になります。どちらの方がたくさんのことができるかと言えば、案外、後者なのではないでしょうか。時間に追われて働いていると、合間に訪れる休息がとても幸せに感じられます。それは、忙しいからこそ味わえる幸せです。仕事が終わった後の解放感に覚える幸せも、頑張って働いていればこそです。ゆとりを求めるのはやめましょう。社会に居場所があって必要とされる、それはとても幸せなことなのですから。