不幸な出来事を数えるのをやめる!

不思議なことに、不幸話が好きな人というのがいます。「他人の不幸話を聞くのが楽しい」というのではありません。自分に起きた不幸を「いつ何があった」と他人に語りたがるのです。たまに不運なことがあったときに、気持ちの整理をしたくてつい愚痴ってしまう、というのとも違います。人生で一番悲惨だった忘れられない話をするのでもありません。数え上げるように過去から現在までに起きた大小の不幸話を披露して、「自分はそういう星の下に生まれているから、今後もきっとあるだろう」と言いたげな態度を取るのです。

ひょっとしたら、あなたもそういうタイプかもしれません。不幸話をしたい理由は何でしょうか? 実際に身の回りに不幸が多すぎて精神的に不安定になっており、しゃべっているとまだしも落ち着くのだ、というのならば仕方がありません。相手を選んで話しましょう。そうではなく、注目されたくて不幸自慢をしている人や、「不幸だけれど健気に頑張っている私」に酔っている人は、周りからうんざりされてしまいます。とにかく、人に好かれたいとか幸せになりたいと願うなら、ネガティブな話よりも楽しい話をしたほうが良いでしょう。

昔から、体のほくろを数えると増えるとか、白髪を数えると増えるとか言いますよね。不幸も同じです。意識を集中して数えると、ますます呼び込んでしまいます。数える習慣のある人はただちにやめましょう。ひとつ、不幸自慢の好きな知り合いが話しているのを聞いていて、違和感を覚えたことがあります。その人は、「不幸」のなかに「大好きなひいおばあちゃんの病死」を含めていました。はたしてお年寄りが亡くなるのは不幸なことでしょうか? 事故や事件で、というなら確かに不幸です。しかし年を重ねれば病気になるのも、結果亡くなるのも、ごく自然なことのはずです。

もちろん、その人にとってはとてもショックで精神的に傷ついたことだから「不幸だ」と言いたいのでしょう。でもやはり、人が年を取って死ぬのは当たり前のことです。悲しいことではあっても、不幸ではありません。いじめられたことや親に借金があったこと、車を当て逃げされたことと同列に扱うべき話題ではありません。話を聞いた私は思いました。「この人は自分の不幸の数を増やそうとしている」と。

数えるというのはそういうことです。「もっと増えるだろう」と期待するから数えるのです。本気で不幸と縁を切りたいなら、数えるのをやめなくてはなりません。そして忘れましょう。過去にあったのは「不幸なこと」ではなく、ただの「出来事」です。ただの出来事にわざわざ不幸というタグをつけて、いつでも引っ張り出せるようにファイリングしているのはあなた自身です。どうせファイリングするなら、不幸ではなく幸せな話の方にすることをおすすめします。

数えると、増えます。ですから、幸せな話、ラッキーだった話を数え始めましょう。往々にして、「不幸が多い」と嘆く人は、自分に起きたラッキーについては無頓着です。数えてもいませんから、不幸とラッキーのどちらが多いのかもわかりません。それでいて、不幸が多いと決めつけているのです。ラッキーは小さいものも大きいものも数えます。いつもより気分よく目が覚めた、人が親切にしてくれた、欲しい物が手に入った……日常の何気ないことを嬉しそうに語るあなたの方が、誰の目にも魅力的に映るはずですよ。